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2016年4月21日 (木)

レンズ付きフィルム「写ルンです」人気復活―30年前の開発秘話

今年発売30周年を迎えるレンズ付きフィルム「写ルンです」が再び人気のようだ。スマホで撮影し加工して投稿が主流の時代に、むしろ不便さが新鮮なようだ。「人物を撮ることが多いんですけど、小さなカメラなので撮られるほうも構えることなく自然な姿を捉えられるんです」という。
 
私は、レンズ付きフィルム「写ルンです」が30年前世に出た時、その手軽さにとても喜んだことを覚えている。しかしそれだけではなく、レンズ付きフィルム「写ルンです」の開発仕掛人にその話を直接聞く機会があり、とても感動したことを思い出した。
その開発仕掛人とは、伴五紀先生である。「日本のエジソン」といわれ、エジソンのモーターを効率的なものに改良したり、カメラのストロボの開発者として非常に有名な方である。先生の特許は、1000以上にも上る。先生は、日本のカメラを世界レベルに引き上げたのは僕の開発した技術によるのだと自負されていた。
 
その先生が、「写ルンです」の開発秘話を語ってくださった。レンズ付きフィルム「写ルンです」の企画の相談に来た人に、次のような戦略を授けたんだといって語られた。
 
「この企画を日本の名だたるカメラメーカーに持ち込みなさい。どこも自分のところのカメラが売れなくなるから企画に乗らないはずだ。全部に断られたら、最後に富士フィルムに持ちこんでみなさい。富士フィルムは、カメラメーカーがノーといったことを知ると、この企画に興味を示して乗るはずだから、と教えたんだ。」
カメラ業界の特質を知り抜いている先生だからこそできた戦略だった。
戦略は見事に成功して、レンズ付きカメラ「写ルンです」は世に出ることができた。
新しい商品が世に出るまでには、技術の開発だけでなく、技術をどのように商品にするか、商品のニーズをどのようにとらえるのか、企業として商品を出すことのメリット・デメリットの勘案という経営上の判断を乗り越えないといけない。「写ルンです」は、上で述べたような経緯を経て世に出たが、近年の日本には伴五紀先生のような戦略家がいないのではなかろうか。それが残念である。
その先生が、こう語られたことが心に刻み込まれている。「日本人は嫉妬深くて困る。アメリカ人はいいとわかったらすぐに受け容れる。」
この差が、現在の日本とアメリカの差となっているのではないだろうか。

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