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2016年8月

2016年8月 8日 (月)

米国大企業CEO、ファンド・マネージャーの巨額報酬が生れた背景

米国の大企業CEO、ファンド・マネージャーの巨額報酬と所得格差の問題は、この数年大きな問題として物議を醸してきた。経営者の巨額報酬がどのような経緯で確立したのか、Roger L.Martin(1998年から2013年までトロント大学ロットマン・スクール・オブ・マネジメントの元学長)が興味深い論文を発表している。発表した論文は、「タレント・エコノミーの光と影 CEOの巨額の報酬に正当性はあるか」(倉田幸信訳)である≪Diamond Harvard business Review 20154月号所収≫。 概要をまとめてみた。

 

1970年代、株式公開済みの米国大企業のCEOが年間で受け取る全報酬額は、平均100万ドルを割っていた(現在の米ドルに換算)。この金額は、現在(2015年)のCEOが得ている報酬額の10分の1にも満たなかった。

1960年代から1980年代にかけて、大企業は有利な契約内容でCEOを雇うことができた。その結果、1960年に比べると1980年のCEOの稼ぎは、企業の純利益1ドルに対して33%も少なくなっていた。しかし、1980年以降、人々に才能を発揮してもらうためには、金銭的動機を与えることが不可欠になったように見える。ここにCEOの巨額報酬成立の基点がある。

 

(1)1929年の大恐慌後の課税政策と労働政策

大恐慌以降、課税政策は経済活動の利益を分け合う方向にシフトした。富の極端な偏在が大恐慌の大きな原因であり、安定した仕事とそれに伴う消費を生み出すための資金の一部を富裕層が負担するのは当然の義務だと見なされたのだ。そのため、1931年には25%と控えめだった高額所得者の最高税率は着実に上がり続け、1963年には91%に達した。100万ドルの所得者でも連邦税を引かれて27万ドルしか残らず、1000万ドルの場合でもわずか150万ドルしか残らなかった。この状況は、1970年代半ばから変わっていく。新しい経済思潮がけん引することになる。

一方、大恐慌後、ルーズベルト政権は全国労働関係法(組合結成と組合員となった労働者の権利保護の制度化)を成立させた。このことにより、労働組合の組織率が1935年から1954年までに8.5%から28.3%へと上昇する。組合の労働交渉により、組合員労働者の実質賃金の上昇は経済全体の成長率をも上回るほどになった。その結果、労働者が手に入れた高い賃金と福利厚生、労働者に有利な就業規則は、1960年以降荒廃から復活してきた欧州と日本の企業の前に米国企業の競争力を削ぐことになり、米国企業を市場から締め出すことにつながった。米国企業は、こうした状況に対抗するため、工場の機械化あるいは工場の移転、海外への外注の推進へとかじを切るようになった。1970年代、米国でスタグフレーションが問題とされた背景にはこのような状況があった。

 

(2)1970年代の新しい経済思想

1970年代半ば、アーサー・ラッファーや後にノーベル経済学賞を受賞するロバート・マンデルとハーバート・サイモンなどの経済学者が、「一銭残らずすべての収入に対して一定以上の税率を課すと、個人が市場に供給する労働の総量が減り始める。そして、その水準からさらに税率を上げるほど、供給される労働量の減少幅も大きくなるだろう。それどころか、税率と税収の関係を説いたラッファー曲線に従えば、税率が上がってある水準を超えると、米国財務省が得られる税収の総額が減るだろう、と述べた。

こうした考え方は、課税政策の路線を大きく変更する根拠となった。累進課税の最高税率は1981年の70%から1982年には50%、1987年には38.5%、1988年には28%と急落した。わずか7年の間に100万ドルの報酬を得ていた人は連邦税引後の手取額は34万ドルから725000ドルへと増加し、1000万ドルの報酬を得ていた人の手取額も300万ドルから720万ドルに増加した。

CEO の報酬を高額にした今や伝説とされているもう一つの経済理論が1976年発表された。マイケル・ジェンセンとウィリアム・メックリングの論文“Theory of the Firm: Managerial Behavior, Agency Costs and Ownership Structure“(企業の理論:経営陣の行動、エージェンシー・コスト、および所有形態)が金融経済学術誌「ジャーナル・オブ・フィナンシャル・エコノミクス」誌に発表された。世界に「エージェンシー理論」をもたらしたこの論文は、エージェンシ―・コストを上回る利益を享受するには、企業は経営陣と株主の利害を一致させる必要がある、と主張したのだ。

企業幹部の利害を一致させるためのメカニズムは、株式ベースの報酬制度だった。これがCEOの収入に奇跡のような効果をもたらすことになる。1980年代に倍増し、1990年代には4倍増となり、2000年代になっても増え続けた。

 

(3)成功報酬の仕組み

もう一つ、CEO並びに利益を稼ぎ出すタレントの収入を吊り上げてきたメカニズムがある。それは悪名高い「二と二十の公式」(2and 20 formula)である。この公式は2000年来の歴史があり、フェニキア商船の船長が無事に荷物を届けた際に、積み荷の価値の20%を受け取ったことに由来している。

1949年、まだ資産運用業界の標準的な手数料が受託資産の1~2%だった頃、ヘッジ・ファンド・マネージャーの元祖とされているアルフレッド・ウィンスロー・ジョーンズが初めてこの方式を取り入れた。彼は「プライベート・エクイティ・ファーム」(未公開株式投資会社)と言われるようになる企業のゼネラル・パートナーであると名乗った。彼のファンドに投資したリミテッド・パートナー(有限責任組合員)たちから資産管理手数料の2%とは別に、彼がもたらした利益の20%を徴収したのである。

終戦直後に始まったベンチャー・キャピタルも同じように、1950年代終盤には同じような形式に移行し、その際儲けの大きい「二と二十」の報酬体系を採り入れた。1970年代半ばに登場したレバレッジド・バイアウト(LBO)業界も、やはりこの手数料体系を採り入れた。だが、最大の受益者は莫大な投資資金に「二と二十の公式」を適用して儲けを膨らませ続けたヘッジ・ファンド業界だった。

才能ある人材こそ現代経済の核となる資産だと認識されるようになった。才能ある人はいっそう裕福になった。収入に著しい差がつけられた一般社員もなぜか長らく容認してきた。おそらくそれは、「大変な努力をして才能を磨けば、その見返りを得て当然」というアメリカン・ドリームの思想に馴染むからであろう。

 

(4) 富豪の急増と格差の拡大

「フォーブズ400」(フォーブズ誌の長者番付)の過去13年間の変化(記事は2015April)をみると、一番多いのが「コンピューター・ハード及びソフトの企業家」39人であるが、目覚ましい急成長を遂げている職種は、「ヘッジ・ファンド・マネージャー」で、長者番付入りした人数は4人から31人に急増している。シカゴ大学のスティーブン・カプランとスタンフォード大学のジョシュア・ラオの論文によると、「2010年の上位25人のヘッジ・ファンド・マネージャーの報酬は「フォーチュン500」に掲載されている企業の全CEOの収入合計の実に4倍にもなっている。

ヘッジ・ファンドは、企業の金融資産のリスク・ヘッジを行うという意図のもとに生み出されたのだが、ヘッジ・ファンドの成長は市場のボラティリティーを劇的に増加させることになった。市場のボラティリティーの増加は、ボラティリティーを高めることを利用するというインセンティブを働かすことをもたらした。

株価は企業の将来に対する期待値にすぎない。企業の将来の期待値が高まれば株価は上がり、低くなれば株価は下がる。株式ベースの報酬(ストック・オプションなど)を得ているCEOおよび経営幹部は、自社の真の価値を向上させることよりも市場参加者の期待値を操ることに目標が転化しやすい。企業の短期的利益にのみ目が向きがちになる。また、自社の株価が大きく変動すれば、ストックオプションや後配株を安く購入することができることになる。このため、企業のⅭEOにとって金融危機と株価の急落は悪いことばかりではない。株式ベースの報酬は、株価を上げようという意欲だけでなく、株価を乱高下させようという動機をもまたもたらしたのである。

また、自分の経営姿勢と業績向上策を示す方策として安易な労働力の削減が実施されるようになった。労働力は最も簡単に削ることができる変動費である。こうした創造的破壊は、企業を生まれ変わる契機ともなるが、長期的な潜在能力を弱体化させることにもなりかねないものである。

その結果、所得順の50%に位置する所得と90%に位置する所得との格差は、1980年から劇的に広がり続けている。その一方で、10%に位置する所得と50%に位置する所得との格差はほとんど変化していない。米国の生産労働者および非管理職の実質賃金は、62%の人の賃金が1970年代半ばから下がり続けている。投資資金の利回りは1975年までの10年間は5%程度で安定していたが、1979年をピークにその後一貫して下がり続けている。現在の利回りは2%を切り、まだ下がり続けている状態だ。その結果急速に格差が広がった。

格差の最大の問題は、才能に報いるための仕組みが社会全体の価値を引き上げるよう機能していないだけではなく、経済をより不安定にしてしまうことである。ごく少数の幸運な人を除き、その他すべての人の生活を現状維持かあるいは悪化させるのだ。

 

5)新世代のさらなる強欲な金儲け

新世代のヘッジ・ファンド・マネージャーは、更なる強欲な金儲けにいそしんでいる。スティーブン・A・コーエンSACキャピタル・アドバイザーの前プリンシパルで、現在ポイント72アセット・マネジメントのプリンシパル、『インスティチューショナル・インベスターズ』誌の2013年ヘッジ・ファンド・リスト(2013年)第二位、個人収入は24億ドル)は、「二と二十」に満足できず、管理手数料として運用資産の3%、成功報酬として50%もの料金を課したという。

また、ヘッジ・ファンド業界とLBO業界は、キャピタル・ゲインの成功報酬にこだわっている。資産管理手数料と成功報酬は、どちらも専門サービス報酬であるが、前者は通常の収入として最高税率39.6%の税が課税されるのに対して、後者は優遇キャピタル・ゲイン税率が適用される。2003年から2012年までは15%、それ以降は20%である。ヘッジ・ファンド・マネージャーの多くは節税に積極的で、ファンドの有限責任組合と交渉して「手数料交換」のオプションを用意しておく。それは資産管理手数料と成功報酬を入れ替え、それによって納税額を減らす場合があるというのだ。

事態を望ましい方向に動かすためには、ピーター・F・ドラッカーが1976年に予想したように世界最大の資本所有者となった年金基金と政府系ファンドが、次の三つの投資資金の運用を改めることである。

 ヘッジ・ファンドに巨額の資金を提供することを止める。

 株を貸すことを止める。

 株式ベースの報酬に賛成しない。

 

いかがでしょうか。今後の資本市場を考える上で傾聴に値する見解ではないでしょうか。

2016年8月 2日 (火)

バン・アレン帯を超える宇宙旅行は時期尚早か?(NASAの調査より)

NASAは、2016年7月28日アポロ計画に参加してバン・アレン帯を超えて月に到達した宇宙飛行士が高レベルの宇宙放射線にさらされたことにより長期的に循環器系疾患の発生率が参加しなかった宇宙飛行士に比べ4倍も高かったという調査結果を発表した。
バン・アレン帯を超えた人類はアポロ計画に参加した限られた人だけだが、想像以上に宇宙放射線の影響は甚大である。この調査だけでも、人類が月や火星に宇宙に飛行することはまだ無謀であるといえるだろう。宇宙放射線にいかに対処するか、その対策を見いだすことのほうが先決である。
business newslineの記事を転載する。
 
【NASA: アポロ計画の宇宙飛行士の循環器系疾患の長期発症率は他の宇宙飛行士の4倍・宇宙放射線の影響】
http://business.newsln.jp/news/201607290327460000.html

NASAの研究チームが発表した論文により、アポロ計画に参加して地球の低軌道よりも先の宇宙空間でのミッションに参加した宇宙飛行士が長期的に循環器系疾患の発症率は、同時期の他の低軌道のミッションにしか参加しなかった宇宙飛行士に比べて4倍にも達していることが判った。

NASAの研究チームでは、アポロ計画に参加した宇宙飛行士に循環器系の疾患が多数発生している原因は、地球のバンアレン帯を超えた宇宙飛行を行い高レベルの宇宙放射線に晒されたことにより一部の血液細胞が破壊されるなどの影響を受けたことが原因とみている。

今回発表された研究発表を受けて、有人宇宙飛行の専門家の間からは、将来的に実施が計画されている有人での月や火星飛行が宇宙飛行士に与える影響を抑えるためには、ミッションに要する飛行時間をできるだけ短縮して、ディープスペースを短縮するなどの考慮が必要となるとの指摘もでてきている。

この研究発表は、University of FloridaのMichael D. Delpを中心とする研究チームにより、学術専門誌のScientific Reportsを通じて発表された。

Source: doi:10.1038/srep29901

Emily Thomas is contributing writer of the Business Newsline.  Send your comment to the author

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総務省行政評価・監視報告「中心市街地活性化計画、目標達成ゼロ」より

総務省は2016729日、地域活性化三計画(地域再生計画、都市再生整備計画、中心市街地活性化基本計画)の抽出291計画についてその効果に関する調査を発表した。都市再生法に基づく都市再生整備計画(62計画)、地域再生法に基づく地域再生計画(162計画)は目標達成率がそれぞれ4割弱だったが、中心市街地活性化法に基づく44の基本計画は、市が定めた活性化に関する目標を達成できた計画はゼロだった。

地域活性化3計画を作成した自治体は、国の支援施策も活用しつつ、地域独自の事業も実施して計画を推進している。実施された事業6,173事業のうち、国の支援施策を活用:4,569事業(74%)、地域独自の事業:1,604事業(26%)と地域独自の工夫を行っている。地域は精一杯努力している。それでも、成果が伴っていないということに大きな問題がある。

総務省の調査報告は、次のような問題点を指摘している。

(1)指標の設定が不適切な例、指標の測定が不適切な例がある
◆指標の設定や測定が不適切なもの(291計画1,001指標のうち49計画102指標)
 「団塊の世代の退職後の活用による地域活性化」という目標は定めているが、指標が設定されておらず事後評価が実施されていない   
 計画期間最終年度に当初設定した目標値を下方修正し、下方修正した目標値を上回ったことから目標達成と評価   
 指標の測定箇所が事業の実施箇所から離れており、事業との整合性が確保されていない

◆歩行者通行量(97計画105指標)、販売額(21計画21指標)等測定方法が区々など、国による事後評価の支援が必要な状況あり
(例)所要の予算が確保できないなどにより、歩行者通行量の測定を年に1回のみ実施(65計画69指標)。中には、目標未達成の原因を測定日の悪天候のためとしており、要因分析ができていないものもあり 

◆国は、自治体が行う事後評価結果を活用して政策効果を把握しており、その情報が的確であることは重要。国は、事後評価の支援(マニュアル整備、個別の助 言等)に取り組んでいるものの、このような状況を踏まえると不十分

(2)地域住民等との連携等の重要な取組の推進
◆地域住民等との連携等の重要な取組に関する情報提供が不十分地域住民等との連携や中間評価に適切に取り組み、効果発現がみられる計画がある一方、取組が不十分で効果がみられない計画あり
(例)観光地へのアクセス道路を整備したが、過剰な車両流入を懸念した地域住民等の声を受け道路の供用が延期され、観光客数等の目標を達成していない

 ◆国が作成した事例集等にはこれらの取組に着目した事例が必ずしも紹介され いない。また、各府省で別個に情報提供され総覧性に乏しい

(3)計画期間中に発現した効果を持続させていく取組の推進
計画期間中に発現した効果が持続しているか検証するため、継続的な 効果測定に取り組んでいる例がある一方、取り組まれていない例あり

◆取り組まれていない主な理由は、目標値を上回る結果が得られたため必要性を感じなかった、国のマニュアル等で実施や報告が求められていないなど

◆計画期間終了後も継続的に効果測定をし、一時的に利用者数の減少がみられた商業 施設について、効果測定の結果を踏まえて対策を講じ、利用者数が増加している例あり 

(4)地域再生計画における申請手続の簡素合理化
地域再生計画と地域雇用創造計画は一体的に作成・運用するメリットあり

◆地域雇用創造事業を実施するために、市町村は記載内容の類似する地域再生計画と地域雇用創造計画をそれぞれ作成し、内閣府の認定・厚労省の同意を得る必要あり

◆計画を作成した地方都市からは、内容が同じで重複感があるとして、書類削減等事務 の効率化を求める意見あり地域雇用創造計画で目標値を変更しているのにもかかわらず、地域再生計画で目標 値を変更していない例など一体的に作成・運用した方がマネジメントが適切に行われる例あり

総務省は、調査結果をもとに改善策の検討を関係省庁に勧告した。中心市街地活性化に基づく計画は、2つの計画に比べて目標達成率が著しく低いため、原因分析や改善策の検討を内閣府や国土交通省などに求めた。http://www.soumu.go.jp/main_content/000431827.pdf

 

何処に問題があるのか。中心市街地活性化法は1998年に成立。06年の改正で自治体が作成した計画を首相が認定する制度になった。歩行者の通行量や空き店舗率など、独自に複数の目標を計画に盛り込み、認定されれば交付金や税の特例などで国の支援が受けられるという仕組みである。このような仕組みは、明治以来中央政府が地方を管轄する手法として確立させてきたものである。国が統一的な価値観(省庁ごとの管轄権と補助金、計画内容と評価基準)のもとにコントロールしてきたものである。

この方法は、全国を一定方向に導いてきたものではあるが、同質的な町にして地域の活力を奪った面が大きい。中央主導の地域再生は、地域の中で計画を生きたものとして機能させていない最も大きな原因ではないか。地域の計画を中央省庁の縄張りによって地域の内部を分断して成功するはずはない。計画は地域独自のものであり、それぞれの分野が有機的に結びついているものである。そして、そこには地域で生活している住民がいて住民と一体となってはじめて息づくものである。

計画は地域主導によって地域の独自性にゆだね、地域の知恵に突破口を見いだすことが先決であろう。地域が今後どんな未来を築けるかは、地域に住む人々の努力にかかっているのであって、計画指標の達成いかんが計画の達成と勘違いされてはかなわない。数値が先行すると、話は途端に堅苦しく面白くなくなる。計画は、人々に地域の希望ある未来を示し、人々を勇気づけることに本当の目的がある。地域の全員が参加したいと感じる計画が素晴らしい計画である。そして、そのような計画が立案できたなら、計画は半分達成されたといえよう。

もっとも、現代は時代の大きな転換期にあるため、ただ地域に委ねれば成功するというものでもない。時代の動きを見極める眼力が欠かせない。そして、絶えず未来を見続けて未来を模索することが大切であろう。

青森市は07年、青森駅周辺の中心市街地の再生に関する計画が認定された。歩行者通行量を3割増の7万6000人とするなど4目標をたてたが、計画が終了した11年の通行量は4万人程度にとどまった。富山市は市内の路面電車の1日平均乗車人数を1万3000人にする目標を掲げたが、結果は約1万1000人で未達に終わった。青森駅前の中心市街地活性化のモデルとしてかつて全国の注目を集めた商業施設「アウガ」(2001年開業)は、2015年度決算で大幅な債務超過に陥り経営破たんした。コンパクトシティは、なかなか進展していない。

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