経済・政治・国際

2017年5月24日 (水)

【報道】「地下1キロに全長5000キロの核施設…中国、“地下の万里の長城”公開」より

中国は自国の「大陸間戦略弾道ミサイル(ICBM)旅団」が「地下の万里の長城」と言われる地下基地で核反撃訓練をする場面を中国中央電視台(CCTV)を通じて公開した。
中国で地下に万里の長城が建設されているのではないかという推測は、2017年4月6日のブログで指摘したところであるが、今回中国自身が公開したことにより事実であることがはっきりした。
 
韓国中央日報の記事を伝える。「地下1キロに全長5000キロの核施設…中国、“地下の万里の長城”公開」(2017/5/23)
http://japanese.joins.com/article/383/229383.html
 
中国は自国の「大陸間戦略弾道ミサイル(ICBM)旅団」が「地下の万里の長城」と言われる地下基地で核反撃訓練をする場面を中国中央電視台(CCTV)を通じて公開した。米国のミサイル防衛(MD)体系強化にもかかわらず、中国が戦略的均衡におされることはないという意志を示したものと解釈される。

  CCTV-7軍事・農業チャンネルは今月20日、ミサイル軍(旧第2砲兵部隊から改編された戦略核ミサイル部隊)の指揮下にあるICBM旅団の訓練場面を「奥深い山中に潜伏して大国の長剣を練磨する」と題した映像を放映した。今秋、中国共産党第19回全国代表大会を控えて「軍事報道」番組が特別取材した「奮闘鍛練の5年」シリーズの一環だ。

  中国戦略ミサイルである東風第1精鋭部隊と呼ばれるICBM旅団が中部・河南省太行山脈「崇山」の地下1キロの深さに全長5000余キロに達する地下核基地に敵の核攻撃に対抗して2次核反撃を行う練習風景がカメラに収められていた。該当旅団は1959年に創設された中国の「切り札」と呼ばれている最強戦略核ミサイル旅団だ。

  中国は核脅威および攻撃能力は最小限で保有しているが、1次核攻撃に耐えた後、相手に激しい核反撃を加える戦略を取っていると主張する。「長城工程」と呼ばれる核反撃プログラムは、65年中央軍事委1号文書によって推進され、「6501工程」とも呼ばれている。当時、中国は6億人民元を投じて少林寺が位置する崇山付近の地下に幅12メートル・深さ12メートルの「地下の核 万里の長城」を構築した。ある兵士は「“地下の長城”に入るということは、戦場に投入されて実戦用密閉生存訓練を行うという意味」とし「最近、勤務と生活を戦闘力と連係する1カ月間の地下密閉訓練を実施した」と説明した。

  該当番組は最後の部分で東風-5B多弾頭式ICBMの発射場面を映した。香港日刊紙「明報」は東風-5Bの場合、それぞれ誘導される3発以上の核弾頭を装着し、相手の防空網を突破して米国本土はもちろん、世界中どこでも打撃可能な射程距離があると報じた。このミサイル部隊の王錫民旅団長は3月5日、両会を控えて開放軍報の寄稿文を通じて「『第1旅団は最高を争い、第1旅団は一流を創造する』という旅団スローガンに合わせて実戦条件下で部隊の反撃態勢を向上させた」と明らかにしたことがある。
 
以前にも中国の地下の万里の長城については 公開されたことがある。2009年12月14日の韓国中央日報は、中国国防報の内容を伝えている。http://japanese.joins.com/article/948/123948.html
 
「中国「地下の万里の長城」を公開…核攻撃時も反撃できる地下の迷宮(1)」
 
中国国防報が最近、核兵器を隠しておく大規模な地下のトンネルを報じた。

  地下トンネルは核兵器を管理する第2砲兵部隊が中国北部にある山岳地帯の地下数百メートルのところに作ったもので、西側の専門家は「全長5000キロメートルに上るだろう」と推測した。中国国防報は、第2砲兵部隊傘下の某部隊からのルポを通じて、核兵器を隠蔽(いんぺい)する地下トンネルの実態を公開した。

  中国国防報は人民解放軍の機関紙、解放軍報の姉妹紙だ。国防報は「第2砲兵部隊が大規模なトンネルを複数の地域に建設し、核兵器を集中的に隠している」と報じた。第2砲兵部隊の主要地下ミサイル基地は華北地域の山岳地帯に集中的に分布しているとみられる。国防報は第2砲兵部隊が現在施工中の地下のミサイル基地を伝え「真昼にも灯りをともして工事を行っている」と紹介した。

  また、専門家のコメントとして「地面を突破できる核弾頭が地下のミサイル基地を攻撃するためには、数十万トンの核弾頭を搭載したミサイル数基を1カ所に集中的に発射しなければいけない」とした後「ミサイル基地を徹底的に壊すためにはより多くの核弾頭が必要だろう」と伝えた。中国が確保または現在建設中の地下のミサイル基地が並大抵の核攻撃にも耐えられるほど堅固だという点を強調したのだ。

  国防報は同トンネルを「地下迷宮」と呼び、西側の専門家の間では「地下の万里の長城」といわれている。この報道について台湾の軍事専門紙・亜太防務は最近「中国はかつてすべての中長距離ミサイルを地上の基地に配備し、外国の偵察衛星や迎撃ミサイルの攻撃に対して無力だった」とした後「このため第2砲兵部隊員ら数万人が動員され、95年から10年間にわたり地下の数百メートルの所に基地を建設してきた」と説明した。   
      

 

2017年4月 6日 (木)

中国核戦争都市「万里の長城」9600㎞建設中か?

皆さんは、知っていましたか。中国は、核戦争をしても自分たちだけは生き残る戦略を立てているようです。日本では、NEWSポストセブンが2015年3月29日に伝えていますが、もとはジョージタウン大学のフィリップ・カーバー教授と学生たちによる研究チームが、2011年8月9日にまとめた報告書が発端です。核弾頭の数など数字に疑問ももたれていますが、国際情勢が緊迫している今日、この情報のもつ意味は非常に大きいといわざるを得ません。
 
 中国人民解放軍が核兵器を貯蔵、運搬するための秘密の地下核兵器基地を建設しているだけでなく、核戦争が起きても自分たちは生き残るという戦略を実行に移していることが恐ろしいのです。これは北京と地方10省の基地を結ぶもので、「軍の万里の長城」と呼ばれ全長で9600kmにも達し、中国建国70周年の2019年の完成を目指しているという。香港誌「争鳴」が報じた。

 この秘密の地下の核兵器貯蔵基地は北京を起点として、山西省太原市から陝西省天水市、四川省綿陽市、同省宜賓市、貴州省貴陽市、湖南省懐化市、湖北省石門市、河南省許昌市、山東省済寧市、河北省保定市を通って北京に戻るという巨大な環状基地。
核兵器貯蔵のための秘密の地下基地については元米国防総省(ペンタゴン)の元高官で、ジョージタウン大教授のフィリップ・カーバー氏らの研究グループが2013年に米連邦議会の公聴会で証言した。http://www.news-postseven.com/archives/20150329_312717.html

2011年11月 29日ワシントンポストが伝えたところによると、ジョージタウン大学のフィリップ・カーバー教授と学生たちが中国に巨大なトンネルシステムと核兵器の内容があることを発見したのです。それは、「地下万里の長城」プロジェクトなのです。
 
 地下万里長城の内容は、数百の公式的な中国政府軍事の内容と人工衛星で撮影された内容と、今まで公式発表されなかった軍事秘密文書を購入しデータ分析した結果、中国の地下には数千キロにもなる地下の偉大なる壁つまり「トンネル万里長城がある」という話なのです。中国は今、政治的にどのように考えているかと言うと世界核戦争が起こっても我々中国と我々スーパーエリート、中国の習近平ら権力者はすべて生き残るということです。
「ジョージタウン大学中国地下トンネル」の画像検索結果
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2017年3月13日 (月)

トランプ旋風の歴史的意味 (4)40年周期説から見た同時性の時代(2)

(2)レーガノミクス期<19811988年期>

 

●期間前の情勢

 

1975年の南ベトナムの陥落後、19794月にイラン革命、11月にはアメリカ大使館人質事件が起こり、米国は19804月にイランに国交断絶を通告する。また1979年には、ソビエトによるアフガニスタン侵攻という1962年のキューバ危機に次ぐ大きな危機が勃発する。国際テロも増加し、社会主義国との軍拡競争も拡大していた。

経済面では、1970年代米国経済はエネルギー危機、高い失業率、急速なインフレと金利の上昇というスタグフレーションが進行して、アメリカの将来の繁栄について基本的な疑問が持たれていた。1979年には第二次オイルショックが起き、再びドルの信頼が問われることになった。これを受けてFRBは、19798月よりボルカー・ショックと呼ばれる金融引き締め政策が断行する。ボルカーの導入した引き締め政策によって、197910月にはニューヨーク株式市場は短期間のうちに10%を超える急落を見せた。

一方、ソビエト連邦ではブレジネフの指導下で都市労働者の賃金を2倍にし、田園部労働者の賃金も約75%上げ、数百万戸の家族用アパートを建設し、大量の消費財と家庭電化製品を生産することで生活水準を改善していた。工業生産高は75%上昇し、石油と鉄鋼については世界最大の生産国になっていた。歴史の潮流はソビエト連邦有利に変わりつつあった。

 

●金融引き締め(1981~1982)

 

このような状況の中で、レーガン大統領が登場する。レーガン大統領は、のちにレーガノミクスと呼ばれる大型減税とSDIと呼ばれた軍事増強策によって米国を繁栄に導こうとした。レーガノミクスの主軸は、個人と法人の大型減税(累進課税率25%引き下げ)と政府支出削減(実際には、軍事費拡大と社会保障費横ばいにより政府支出は拡大した)、規制緩和、インフレ収束であった。

レーガノミクスの最大の特徴は,個人・企業減税に歳出削減をパッケージとした点にあったといわれている。レーガノミクスでは市場原理の完全性、合理性が期待されているとし、そういう中で雇用や投資を長期にわたって拡大するには、従来のような短期的な需要刺激策よりも、自発的な労働や貯蓄意欲を刺激する中長期的な供給面の政策が重要と考えられた。そこで、レーガノミックスでは第1に貯蓄・投資を刺激するための大幅減税が導かれ、第2に減税で生じた民間貯蓄を国債発行(=財政赤字拡大)で吸収することなく、そのより多くを民間投資に振り向けるため歳出削減が導かれた。(*1:経済企画庁「昭和62年年次世界経済白書-政策協調と活力ある国際分業を目指して- 」)

当初の1980年~1982年経済の収縮が起きる。1979年9月のボルカーFRB議長による金融引き締め政策が始まりだった。1979年に平均11.2%だったフェデラル・ファンド金利(政策金利)は引き上げられて 1981年には20%に達し、市中銀行のプライムレートも同年21.5%に達した。しかし、それと引き換えにGDP3%以上減少し、産業稼働率は60%に低下した。失業率は、1980年に7.1%だったものが、1982年後半には10.8%にまで高まった。失業者数は1980年の827万人から1983年には1071万人に増大した。一方、金融引き締めの効果により、インフレ率は1980年13.5%から3%に低下し、インフレは収まった。

 

●順調な安定成長期(1983~1988)

 

FRBは、1982年後半、3年続けた金融引き締め政策を中止した。3年間の金融引き締め政策でインフレ率は1981年に13.5%に達していたものが1983年には10%以上も減少し3.%にまで低下した。失業率は上述のように大幅に悪化していた。米国は、金融引き締めから緩和に転じたことによって経済は活気を取り戻した。アメリカは復活したと言われるほどの景気回復になった。景気回復過程における設備投資の立ち上がりは著しく高く、8384年の設備投資のGDPに占めるウエイトは非常に大きいものであった。

また、社会保障費及び軍事費拡大による有効需要増加は景気拡大とその所得効果による輸入増加を引き起こす一方、中立的ないしやや抑制的な金融政策の下で国内貯蓄・投資バランスが8384年とひっ迫したことから、実質金利高・ドル高を継続させた。実質金利高・ドル高の継続は、価格競争力の面からも貿易収支赤字を拡大する方向に作用し、経常収支赤字拡大をもたらした。また、ドル高は輸入物価の低下を通じて、国内物価の安定に一層寄与した。(*1)

 

この結果、米国とそれ以外の国の内外金利差は拡大しドル高傾向となっていった。ドル相場は高めに推移して、輸出減少と輸入拡大は大幅な貿易赤字をもたらした。金融緩和されたものの高金利の状態にあったため民間投資は抑制された。結果として、インフレからの脱出には成功した反面、国際収支が大幅な赤字となり財政赤字も累積していった。輸出の減少には、米国製造業が抱えていた構造的問題があった(後述)

金融緩和による金利低下により貿易赤字国の通貨であるドルの魅力が薄れ、ドル相場は次第に不安定になった。不安定なドル相場に対して、1970年代末のドル危機の再発を恐れた先進国G5(日米英独仏)は、協調介入によるドル安で合意した。この合意は、アメリカの対日貿易赤字が顕著だったため、実質的に円高ドル安に誘導する内容だった(1985922日プラザ合意)。その後失業率は急速に下降し、レーガン政権末期の19891月には5.4%のレベルになった。ドル安円高の為替レートの出現は、米国製造業の回復の大きな支援の力となったのだった。

1983年以降、経済は回復した。1982年から1988年にかけてGDPは年平均4.2%増加した。軍事費の増加による財政支出と石油価格の下落という幸運が重なって、消費は拡大した。

 

<企業構造改革>

 

米国製造業は、1960年代半ば以降国際競争力に陰りが生じており、生産性向上は後進国に大きく劣り技術的にも停滞していた。80年代半ばには「非工業化」「空洞化」等と呼ばれる現象に注目が集まり、製造業は総崩れといってもいい状況であった。レーガノミクスの高金利政策は、ドル高を生じさせ、製造業の国際競争力の低下を一挙に顕在化させていた。貿易赤字増大には拍車がかかっていた。

米国製造業では、1980 年代から 90 年代にかけて、1970 年代にかけて採られた多角化戦略が非効率経営を招 いた点を踏まえ、不採算事業からの撤退が進められ、事業の選択と集中が行われた。経営資源を収益性の高い分野に再配分したほか、アウトソーシングや生産拠点の海外シフトによって、安価な労働コストの実現や現地需要の取り込みを図っていった。また、企業ガバナンス構造の変化として企業の経営陣に変化が見られた。1970 年代まで内部昇進者で占められていた経営者や取締役が、1980 年代以 降、社外出身者に取って代わられた。たとえば、米国大企業で 1980年代に 5%に過ぎなかった外部 CEO の登用比率は、2002 年には3 割半ばにまで上昇した。(*2:日本銀行調査統計局 通傳友浩/西岡慎一 「米国の製造業における 1980 年代~90 年代の経営改革」 2015 3 月)https://www.boj.or.jp/research/brp/ron_2015/data/ron150309a.pdf

 

製造業が大きく復活するのは、1990年代に入ってからであるが、1980年代半ばから始まる企業の復活の直接の原因は景気の好転と円高ドル安であり、企業の構造改革としては、日本の量産技術の導入、ハイテク産業への投資、中でも半導体産業への投資であった。1980 年代から 90 年代にかけて、コンピュー タ・電気機械における付加価値シェアが上昇しており、中でも半導体などの電子部品やパソコンなどの通信機器といった技術集約的な分野でシェアが上昇した。

 

<金融制度改革>

 

米国の預金金融機関制度は、 1970年代半ばに至るまで、 1933年銀行法 (グラス・スティーガル法)に基づく厳格な規制の下に置かれてきた。① 預金金利規制 ② 地理的業務規制・単店銀行制度 ③ 業務範囲規制である。1980年3月、既に実質的に進行していた預金金利の自由化を完成させたのが、「預金金融機関規制緩和・通貨統制法」(DIDMCA)である。銀行と貯蓄金融機関の間にあった格差の多くを除去し、 その一方で、 全預金金融機関に支払準備を課して連邦準備制度への事実上の加盟を義務づけるとともに、 預金保険付保限度額を4万ドルから (今日の水準である) 10万ドルに引き上げて、 預金金融機関のセーフティネットも整えた。金融自由化のインパクトは世界中に及んだという。1982 10月には 「1982年預金金融機関法」(ガーン-セント・ ジャーメイン法)が成立し、198310月に定期性預金金利の自由化が完成したことで預金金利規制の自由化が達成された。

(*3)樋 口 修「米国における金融・資本市場改革の展開」レファレンス 平成1512月号

http://www.ndl.go.jp/jp/diet/publication/refer/200312_635/063504.pdf

 

この法律は、預金保護をS&L(貯蓄貸付組合)にまで拡張するというものであった。この結果、S&Lは破綻しても政府が保証してくれることとなった。このことを知った人たちは、SLの設立に奔走し、砂漠の中のショッピングセンターなど無謀な貸付に走った。そして1989年バブルがはじけた。多くのS&Lが破綻して金融支援のために5000億ドルもの税金が支払われた。

 

●レーガノミクスの成果

<国際政治>

 

強いアメリカをキャッチフレーズに、SDI構想という軍事戦略を推進したレーガン政権は、ソ連の軍事的野心を打ち砕き、東西冷戦の終結に導くことになった。1985年にソ連共産党書記長に就任したゴルバチョフは198511月、米国レーガン大統領と米ソ首脳会談を行い、核軍縮交渉の加速、相互訪問などを骨子とする共同声明を発表した。19864月、ゴルバチョフはペレストロイカを提唱し、本格的なソビエト体制の改革に着手する。また4月に発生したチェルノブイリ原発事故を契機に、情報公開(グラスノスチ)を推進する。1986年にはアフガン撤退を表明、198712月には中距離核戦力全廃条約(INF全廃条約)を締結する。

対外的には、1989年のポーランドにおける円卓会議を起点とする一連の命東欧革命に関して、ソ連は軍事的行動を行わず、1990年の東西ドイツ再統一が実現した。国内では、199112月のソビエト連邦共産党解散を受け各連邦構成共和国の主権国家としての独立、また大統領ミハイル・ゴルバチョフの辞任に伴い、ソビエト連邦が解体された。東西冷戦は終結した。

国際政治の上では、レーガノミクスは世界平和の構築に多大なる貢献をしたのであった。

 

<経済>

 

1980年代に始まる企業の構造改革は、米国企業の国際競争力を高め、復活を印象づけるものとなっていく。1990年代の世界経済はほとんどアメリカの一人勝ちの様相を呈した。企業の経営改革は、次の3点である。

①製造業の雇用吸収力は低下したものの人材の高度化が進められ、収益力は向上した。収益力向上は、株価の上昇や配当の増加につながり、国内需要の喚起に一定の貢献を果たした。

②不採算分野からの撤退や新規分野の創出が行われるなかで、製造業内での産業構造が変化し、コンピュータ関連など高付加価値分野がシェアを伸ばした。

③米国の産業構造の変化に合わせ、輸出における主力品目も変化し、 海外生産シフトが進みつつも、米国輸出は比較的高い伸びを保った。(*2)

 

その結果、1980 年代半ばにかけて輸出は長期均衡値との対比で弱めに推移していたが、1990 年代に入ると、強い伸びを示していく。1980年代の規制緩和と企業の構造改革の推進は、東西冷戦の終結を経て1990年以降大きく花開いていったのだった。米国輸出の伸びを支える大きな要因となったのはハイテク部門だった。電気・光学機器のシェアが拡大したほか、RDResearch and Development研究開発 集約的な財やハイテク財など高付加価値製品の伸びが米国輸出を牽引した。1991年3月からのアメリカ経済の景気上昇は10年にも及び、アメリカ資本主義史上最長の景気上昇となる。しかも、この息の長い景気上昇はインフレを呼ばなかったところに大きな特徴がある。

 

●副作用とその対処

 

レーガノミクスによるドル高は、経常収支の赤字を膨らませた。経常収支は、198255億ドルの赤字から19851,200億ドルの赤字へと増加し、1986年には対外債務が対外債権を上回る純債務国へと陥落した。米国企業の対外競争力低下が原因であったが、この経常収支の赤字問題がプラザ合意とその後のドル安につながることになった。

また、減税によって経済成長を促すことで歳入を増やすという目的は達成されなかった。設備投資は一時大いに刺激されたが、貯蓄増強はできず、貯蓄率は低下傾向を続けた。政府の累積債務は、1980年の90904100万ドルから198826011400万ドルへと2.6倍に、GDP比では33.4%から51.9%に増加した。

高金利下で企業の投資資金は、高金利による株安から他の企業の買収合併へ向かい、株式ブームを生み出した。なお、株式ブームは1987年のブラックマンデーにより終了する。しかし、この株式ブームとブラックマンデーはFRBの裁量により深刻な恐慌をもたらさなかったが、このことがその後のアメリカ経済のFRB・金融政策依存と資産経済化をもたらすことになっていく。

 

1980年代、レーガン政権のもとでのちに金融危機を引き起こすことになる金融制度の緩和が進め始められる。

グラス・スティーガル法第20条業務範囲規制の適用緩和は漸次行われ、非適格証券業務(銀行本 体で行うことができない証券業務)が次第に広がっていった。1999年、グラム・リーチ・ブライリー法が成立し、 1980年預金金融機関規制緩和・通貨統制法に始まる米国の金融・資本市場改革はここに一応の完成をみた。直接金融と間接金融の境界が融合する (或いはより直接金融化する)金融の実態に 適応させるプロセスであった。(*3)

最後に財政問題については、1980年代以降膨張し 「双子の赤字」 の元凶と目された財政赤字は90年代末に脱却したことをあげておく。1990年代のハイテク産業の成立が大きく寄与した。

 

日本への影響

 

プラザ合意によって、急激に為替の円高ドル安が進行する。発表翌日の923日の124時間だけで、ドル円レートは1ドル235円から約20円下落した。1年後にはドルの価値はほぼ半減し、150円台で取引されるようになった

日本は、1980年代前半アメリカの莫大な経常赤字により輸出が急伸し、経常黒字は著しく増大、これにより輸出産業を中心に好業績の企業が相次いでいた(ハイテク景気)。しかし、日本は、G5協調介入によって人為的に円高に導いた結果、輸出産業は競争力を相対的に失い、自然な経済成長リズムの破綻に繋がった。(*2)

さらに、「88年包括通商法」 としてスーパー301条が成立し、日米半導体協定や 「日米構造 (障壁) 協議」 が行われた。 構造協議において米国は、 過剰貯蓄や 「系列」 を掘り崩すことにより日本の経済力の根幹を痛撃したのである。1990年代、日本は土地バブルの崩壊とともに膨大な不良資産を抱え込み、失われた20年という停滞を余儀なくされた。手痛いしっぺ返しを食らったといえよう。

 

(3)トランプ政権の今後と日本

 

トランプ大統領の登場前の状況が過去二度の同時期と類似していることが理解できたであろう。

 

FRBが金利引き上げに異様に慎重なのも、過去二度の失敗を教訓にしているからである。米国経済は、2008年の金融危機から脱して8年にも及ぶ景気回復の道を歩んでいる。完全雇用状態にあると誰もが認め、インフレの気配がみられることからフェデラル・ファンド金利(政策金利の)引き上げが議論されている。しかし、世界的に金融緩和が極端に進んでいる現在、一つ間違えば金融収縮を引き起こしかねない。手をこまねくならばインフレは亢進してさらに問題を複雑にするであろう。過去二度の歴史を見れば分かるように、トランプ政権の政策が実行に移される前に一度金融調整が起きるかもしれない。FRBの金融引き締め政策からは目をそらせないのである。

 

国際情勢では、2014年のソ連によるウクライナ騒乱とクリミヤ侵攻、2014年ごろからの中国の南シナ海進出と南沙諸島での軍事要塞化、2011年からのシリア内戦とIS(イスラム過激派組織「イスラム国」)によるテロ事件の多発、北朝鮮の核ミサイル開発と戦争になりかねない逼迫した事態が起きている。

 

こうした状況の中でトランプ大統領が登場したのである。トランプ大統領は、「アメリカファースト」を掲げてはいるものの、過去二度の時期に見られるように世界の平和に責任を持たざるを得なくなるはずである。また、軍事支出、インフラ支出を通した財政出動もかなりの規模で進められるであろう。大型減税も行われるであろうが、レーガン政権の時期待されたほど税収が伸びなかったため、慎重になる可能性がある。また、最重要政策である国内への投資と製造業復活は、持続性を伴うものとなるのかまだ未知数である。レーガノミクスにおいては、製造業復活はドル高是正と企業の構造改革を待たなければならなかった。そして、製造業の復活は産業の高度化によってなされたため、中間層に対するメリットは限定的だった。第二次世界大戦期においては、製造業の定着のためにコストプラス利益保証、奨励金付きの賃金という助成措置がなされたこともある。

 

トランプ政権は、財政出動による一時的な需要創出ではなく、民間主導による製造業回帰と雇用創出、賃金上昇を実現させることをねらっているが、それは第四次産業革命とよばれている技術革新をどのように取り込んで実現させるかにポイントがあるだろう。

 

日本は、過去の同時性の時代に見られたように、トランプ大統領の政策に翻弄されることになる。過去二度の歴史を振り返ると、第二次世界大戦時の石油禁輸措置、レーガン時代のプラザ合意(為替レートに対する政策協調)によって、日本経済は致命的打撃を受けてきた。プラザ合意に至る背景には、1980年代初頭レーガノミクスによる経済の再建に失敗した米国がドイツや日本との不均衡を為替レートで調整しようとする意図があったことを知るべきである。 日本は米国に命運を握られている。二回とも日本は米国と対立して敗北した。とりわけレーガノミクスの時には、日本の素晴らしい生産技術は米国に吸収導入・移転され、日本は円高ドル安という仕組みの中で崖下に突き落とされたのだった。日本が繁栄に驕り高ぶっていたころ、米国は製造業再生に苦しんでいた。そのことを考えないで、「日本強し」と立ち振る舞っていたのはなんと愚かなことだっただろうか。為替相場如何で、日本経済は激変することをわきまえないといけない。一国の繁栄を願うのではなく、世界の繁栄を願わなくてはいけない。今行うことは、米国との協調、トランプ大統領との協調共生共栄路線である。

 

そしてもう一つ、構造改革なしには日本は復活しないということを自覚しないといけない。アベノミクスで円安の恩恵を享受している間に構造改革を成し遂げなければ、すべては水泡に帰すのだ。構造改革として何をすればいいのか。新しい時代の担い手は誰なのか。2025年というタイムリミットは迫っている。

 

トランプ旋風の歴史的意味 (3)40年周期説から見た同時性の時代(1)

 トランプ大統領の政策は、1980年代のレーガン政権のレーガノミクスにダブらせて見られている。大型減税、軍事増強、インフラ投資などその主張はレーガン政権と類似している。今後世界は、どんな展開をしていくのであろうか。

 私は、現代歴史は40年周期で動いていると指摘してきた。第118651905、第219061945、第319461985、第419862025である。この見地からトランプ大統領の登場をみると、唐突でも意外なものでもない。現代歴史の同時性を踏襲していることがわかる。

 その同時性の歴史とは、①第二次世界大戦期1937年~1945年、②レーガノミクス1981年~1988年、③トランプ政権以降2017年~2025年、である。(期間のずれは、歴史の重要な事件が起きるタイミングが制度などによって規定されていることがあるためずれが起きてしまう。)過去の二つの時期の展開を比較しながら、トランプ政権の未来を展望してみたい。併せて、日本がどのような歴史をたどるのかを推測してみたい。下に米国の第二次世界大戦期、レーガノミクス期のGDPの成長率と寄与度(GDPの構成要因)を掲げておく。

 

1930年〜1946年におけるアメリカの実質GDP成長率の寄与度分解
世界恐慌からルーズベルト大統領就任の1933年までマイナス成長を続け、ルーズベルトのニュー・ディール政策により1937年まではプラス成長を続けたが、1937年5月〜1938年6月までの恐慌によりマイナス成長にいったん転じた。第二次世界大戦の勃発に伴い、軍需の増大から政府支出(グラフ紫色表示)が増加し、アメリカ経済を牽引した。戦争が終わると実質GDP成長率はマイナスに転じている。

1974年〜1990年におけるアメリカの実質GDP成長率の寄与度分解
レーガン政権下における双子の赤字(財政出動(グラフ紫色表示、プラスに寄与)・純輸出(グラフ黄色表示、貿易赤字のためにマイナスに寄与))は寄与度分解でもはっきりと表れている。

(1)第二次世界大戦期<19371945年期> 

期間前の情勢

 

米国では、既にF.ルーズベルトが大統領のもとに、ニュー・ディール政策が実施されていた。最悪期は脱し、1935年には失業者の生活保護から大量雇用を中心とする第二次ニュー・ディール政策に政策は移行していた。経済は順調に回復し、アメリカの鉱工業生産は1929年の水準にまで回復を遂げていた。物価はインフレ傾向にあり、そのことを警戒したFRBは金融引き締めに転じ、1936年8月から19373月かけて預金準備率を32倍に引き上げた。また、米国政府の債務残高はGDP40%という前代未聞の水準に達していた。

 

国際情勢においては、日本が1932年満州国を建国、1933年には国際連盟を脱退する。満州を経済圏として得た日本のGDPは、1934年に恐慌前の水準に戻っていた。翌1935年には、戦前日本経済・消費が最高度に達したといわれた。1940年には鉱工業生産・国民所得が恐慌前の2倍以上となっていく。米国でも未来に対する楽観的な雰囲気が支配していていた。世相は、暗くなかったのである。

金融引き締め期(1937~1938)

19368月からのFRBの金融引き締めと19371938年の財政均衡政策は、順調に回復してきていた経済に異変を起こす。1937年下期に入って経済が急減速しマイナス成長に陥る。FRBの金融引き締めと政府の財政均衡政策-1936年の所得税率引き上げ、19371月の社会保障税の導入、1937年の財政支出大幅削減予算-により1938年は不況になり、実質GDP11%下がる。失業率は4%上昇し、「ルーズベルト不況」と呼ばれることになる。その一方で、1936-38年にはGDP5.5%の財政赤字を解消する。

 

(ダグラス・アーウィンは、財務省が金の流入を徹底的に不胎化する決定を行い、それが原因でマネーサプライの伸びに急ブレーキがかかることになったと主張している。)
金の不胎化一国に金が多量に流入すると,通貨増発をもたらし,経済にインフレ的影響を与える。この影響を防止するための政策をいう。たとえば1936年末,米国は流入する金を不活動資金として凍結し,金購入の代金として通貨の代りに財務省証券を交付した。

 

株価は19373月高値194ドルから19383月にかけて50%以上急落した。1937年高値の194ドルを回復したのは1945128日のことである。1937年の亡霊」といわれ、これがこの23年FRBが金利引き上げに慎重になっている理由である。

 

国際情勢に目を転ずると、193777盧溝橋事件が起こり、1945年までの日中戦争がはじまる。8月には上海事件が起こり、中国大陸は戦乱の舞台となっていった。ナチスドイツは、1938年にオーストリアを併合し1939年にはポーランドに侵攻し、第二次世界大戦が勃発する。

 

●順調な安定成長期(1939~1945)

 

この時期の経済は戦争経済である。第二次世界大戦の勃発を受けて、米国は軍事支出の増強を図る。この結果、戦争経済による好景気が1945年まで続くことになる。太平洋戦争が起こり、連邦政府は見境のない財政支出を開始し、また国民も戦費国債の購入で積極財政を強力に支援した。1943年には赤字が30%を超えたが失業率は急低下し1941年の9.1%から19431945年の平均で労働力の2%以下にまでなり、1945年には1.2%にまで低下した。GDPは、1939年から1945年にかけて88%増大した。600万人もの女性が加工生産分野の職に就いた。労働者の実質賃金も39年から45年までに27%上昇した。戦争という特殊な状況下であったため、コストプラス利益保証、奨励金付きの賃金という助成策もとられた。

 

この時期の物価は、価格管理局が住居の賃貸料を統制し、砂糖からガソリンまでの消費財を配給し、他にも価格上昇を抑えるように努めたため、インフレは抑えられた。

 

副作用とその対処

 

副作用は終戦後起きたが、米国の場合軽微であった。FRBが戦時国債を買い支え、終戦時保有残高は国民総生産10.6%にのぼったものの、戦争遂行費用は国債にのみ頼ってなく正常な財政支出でも賄っていたためである。1945年のGDPは、16,466.9億ドル前年比-4.2%に落ち込んだ。インフレ率をみると、1940年を100として、1945年は128.628,6%上昇、1955年には191.4である。1945年を100にすると、1955年には148.948.9%上昇であった他の戦争当事国に比べ、圧倒的にインフレ率が低かった。

 

戦後はブレトン・ウッズ協定が発効し、基軸通貨としてのドルが不足しがちとなり、資金流出を止めるために金利は高止まりした。また、戦争終結により軍需生産が終了したため、雇用創出が急がれた。1946年には雇用促進法によって大統領経済諮問委員会が設立され、政策は軍需を創出する方向へ向いていく。19473月にトルーマン・ドクトリンが出され、6月にはマーシャル・プランが提唱されていく。戦後が始まるのである。

 

日本への影響

 

日本は米国に先立って1936年の二・二六事件以降戦争経済に入っていく。満州への進出は、日本経済を早期に恐慌より立ち直らせたが、外貨不足は深刻になっていった。1937年の支那事変からはじまる日中戦争、石油禁輸に端を発する米国との戦争は、日本を壊滅に導いていった。日中戦争の始まりによって、日本と米国の関係は険悪になり、1938年には日米通商航海条約が破棄される。米国の態度は1940年の日本の仏印進駐や日独伊三国同盟の締結によりますます硬化し、1941725日には在米日本資産の凍結、8月には「日本を含む全ての侵略国」 への石油禁輸に踏み切ることになる。日本は、米国との太平洋戦争に巻き込まれることになる。そして1945年敗戦、国土は灰塵に帰したのだった。

 

1945年の日本のGDPは、987.1億ドル、前年比―50.0%であった。GDPの対米国比は、193922.7%と戦前最高の値を示したが、1945年には6.0%にまで落ち込んでいた(*1)。消費者物価指数は、194510月から19494月までの36か月の間に約100倍となった。日本銀行の調査によれば、1934-1936年の消費者物価指数を1とした場合、1954年は301.8となった。つまり、8年間で物価が約300倍となったことになる。

 

(*1) Monitoring The World Economy 1820 - 1992 OECD(経済協力開発機構)

拙ブログ2011/7/7米国の1929年大恐慌からの復活をもたらしたもの(米国の世紀)」参照h
ttp://kivitasu.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/1929-4d9c.html

 

2017年3月 4日 (土)

トランプ旋風の歴史的意味 (2)安易なグローバリズム礼賛への反逆-アダム・スミスもケインズも安易なグロ―バリズム礼讃には反対した

産業革命以来、経済の発展は市場の拡大とともにあった。グローバリズムは経済を成長させ世界を繁栄に導く原動力であった。グローバリズムに光と影があるとしても、時代の趨勢は間違いなく経済のグローバル化であった。新興国も、経済の近代化を通して富裕への道を歩み始めることができるようになった。経済における「近代化(工業化)」「貿易自由化」「生産の海外移転」「グローバル最適地生産」という考えは、歴史の必然の流れであり、それに合わせることこそが時代の選択であると考えられている。

グローバル化がもたらす闇がいかに理不尽だとしてもそれに抗することは難しい。しかし、それも我慢の限界に達したら人間の怒りが暴発することには変わりはない。トランプ旋風とは、資本主義と経済のグローバリズムがもたらした不条理に対する大衆の怒りの爆発であるが、一時的な不満の爆発にすぎないものではない。批判されているような保護主義でもない。トランプ旋風の背後には新しい時代の兆も垣間見える。

 

(1)象のカーブ

 

 グローバル化に伴う個人の富の獲得を分析した研究に「象のカーブ」と呼ばれている分析データがある。

 エコノミストのブランコ・ミラノビッチが示した「グローバル化の象のカーブ」は米国やイギリス社会にみられる中間層の不満や滞留をさらに裏打ちする。横軸を世界の人々の所得階層、縦軸を1998年から2008年の所得の伸び率とする折れ線グラフを使い、所得階層によってこの間の所得がどう伸びたかを比較すると、新興国の人々(象の背中)と上位1%の最も豊かな富裕層(象の鼻先)が所得を大幅に伸ばしている。それに比べ、先進国の中・低所得層の伸びは僅かにとどまっているとされる。実際、米国の実質賃金や家計所得の中央値は長期にわたり停滞が続いている。

先進国の中間層は思い描いていたライフスタイルを実現することがますます困難となり、米国社会では広く共有されていた成功志向や労働倫理が大きく揺らいでいる。かつて自律的な市民社会の担い手だった中間層が、いまやアイデンティティクライシス(自己喪失)に陥る恐怖に苛まれているのである。(キヤノングローバル戦略研究所 主任研究員 神保 謙)

Photo

Source: Branko Milanovic, Global Inequality: New Approach for the Age of Globalization (Cambridge: The Belknap Press of Harvard University Press, 2016)

http://www.canon-igs.org/column/security/20161130_4040.html

【最も所得変動が大きくプラスになったのは、新興国で台頭する中間層(象の背中A)の所得と、先進国の富裕者層(象の鼻先C)だった。それに比べ、先進国の中低所得層(象の鼻の付け根B)の伸びはわずかにとどまり、実際、米国の実質賃金や家計所得の中央値は長期にわたり停滞が続いている。】

 米国で起きたトランプ旋風とは、まさに先進国中間層の貧困化がもたらした大衆の怒りの爆発でことを「象のカーブ」は端的に示している。

 

(2) アダム・スミスも経済のグローバル化には慎重だった 

 

 自由貿易協定・経済連携協定を推進する人々は、アダム・スミスの次の言葉を錦の御旗にして経済のグローバル化に邁進しきた。

 「労働の生産物のどれだけの部分が国内消費を超過して余ろうとも、それにたいして、外国貿易はいっそう広い市場を開くことによって、その国の労働を奨励してその生産力を改善し、年々の生産物を最大限に増加させ、かくしてその社会の真の所得と富とを増加させるのである。こうした重大な任務を、外国貿易は、それが行われるすべての国にたいして絶えず遂行している。これらの国々はすべて、外国貿易から大きな利益を得る。(アダム・スミス「国富論」第4篇第1章)」

 こうアダム・スミスは述べたのだが、一方でグローバル化は自国の産業の繁栄のために他国の市場を獲得しようとしているため、新たな市場となる国にとっては深刻な反対が起こる。秩序が乱される。利害対立に公平な考慮を払うならば、この種の変更はけっして急激に行うべきではなく、徐々に、漸進的に、しかもよほど前から予告をした後に導入されるべきなのであると述べていることを忘れてはいけない。自由貿易協定は、決して急いではいけないというのである。

 さらに、「自由貿易が将来大ブリテンに完全に回復されることを期待するのは、この国にオシアナ(ジェームズ・ハリントンの著作に出てくる理想郷)あるいはユートピアが将来建設されるのを期待するような夢想に近い。社会一般の偏見だけでなく、それよりもいっそう克服しがたい多数の個人の私的利害が、とうてい抵抗できないくらいに強力に反対するからである)とも述べている。

 

 しかしこのような指摘は無視され、経済のグローバリズムは、経済的利益を手っ取り早く手に入れることができるものとして、抵抗する私的利害対立を抑え込んで強引に進められてきた。西欧列強によって進められてきた植民地支配は、新市場の果実の奪い合いだった。そしてその結果は、世界大戦という戦争によって崩壊を起こすだけだった。「グローバルリズムは、まさにあらゆる事項を合理的な「金融的計算」に任せてしまう。合理的個人主義やグローバルな国際主義は、人類共通の普遍的価値や理念という一見耳ざわりのよい響きを響かせながら、実際にはより重要な価値、つまり日々の生活を構成している国民の中にある価値を破壊しかねないのだ。(佐伯啓思)」

 この言葉の中に本質がある。そこに生活する人々の生活は隅に追いやられ、権益の虜になった人々の主戦場となるのだ。

 

 トランプ大統領の環太平洋パートナーシップ協定(TPP)からの離脱、北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉の表明の背後にある思想は、安易なグローバル化礼讃は正しくないという認識である。グローバル化は米国から製造業を追い出してしまった。米国中間層は職を奪われ、停滞し貧困に陥らざるを得なかった。トランプ大統領の中心的な支持者は地方の中小都市や農村地帯に住む大学教育を受けていない白人の中間層・貧困層であることは、このことを如実に示している。

 

(3)ケインズも、経済のグローバル化を安易に礼讃してはいない

 

 ケインズ理論は、経済のグローバル化による国内経済の投資不足と低迷に対する打開策として生まれたことを思い起こしていただきたい。

 ケインズは、自由な金融のグローバリズムは個々の投資家にとっては利益機会を提供するが、その結果として、イギリスの国内に投資されるはずの資本が海外に流出する。しかもこのことこそが、イギリス経済の低迷、容易に回復しない高失業という事態と決して無関係ではないという認識に至った。1923年から1924年にかけて、ケインズは自由至上主義の批判者に変わったのだった。

 

 拙ブログ「ケインズのグローバル経済批判」(2016/3/16)の中から、その論点を見ることにする。http://kivitasu.cocolog-nifty.com/blog/2016/03/post-d9ef.html

 ケインズの経済問題の中心的主題は、「欠乏と貧困問題、および階級対立と国家間の経済闘争の問題」であった。個人主義的社会を放置するとそれはうまくいかない

 1923年から1924年にかけてケインズは自由な市場の擁護者から自由至上主義の批判者に変わった。その背景にはグローバル化する経済のもとでイギリス経済の不安定(物価の変動と高い失業率)という問題が存在したのである。

 自由な金融のグローバリズムは個々の投資家にとっては利益機会を提供することであろう。しかしその結果として、イギリスの国内に投資されるはずの資本が海外に流出する。しかもこのことこそが、イギリス経済の低迷、容易に回復しない高失業という事態と決して無関係ではない。

 『ネーション』誌524日に、国内の貯蓄が国内で運用の機会がないために海外に流出し、「我が国の社会全体としては最小の利益しか獲得できない使途に向けられる」と書く。確かに国内の投資意欲は減退している。しかし、そうであれば、海外に流出する資本を国内に誘導し、政府が主導して大規模な建設事業を行うべきだというのである。「国民の富を国内での資本開発に導くことによって、われわれは我が国経済の均衡を回復することができるであろう」というのだ。

 

 イギリス経済の低迷の理由は、国内の貯蓄に対して国内投資が過小になっている点にある。この状態で金融のグローバリズムを実行すれば、資金は海外に流出するだろう。そしてその状態が続けば、そのことがいっそうイギリス経済の回復を遅らせるだろう。そこで海外に流出する資本を政府が誘導し、公共投資などの形で国内に還流させるべきだ。これがケインズの考えであった。

 

 グローバル経済を優先的に考えると、国内経済は不安定化せざるを得ないというのが、ケインズの見立てでもあったのである。そこでケインズが処方として出したのが、金本位制を廃止して国内経済の安定のために中央銀行が貨幣を管理するという管理通貨制度だった。ここに、中央銀行という楯が国民経済の安定を保証するというシステムの誕生があった。ケインズ理論が発表された時、西欧の指導者はこれで社会主義革命の恐怖から解放されると安堵したことも付け加えておく。

 

 経済のグローバリズムを放置していたら、国内経済は不安定化し国民生活は改善されないのだ。私が過去のブログで度々TPP批判を繰り返したのも、海外経済に依存することは投資家、企業家にとっては利益機会をもたらすものの、一般の国民にはその利益はなかなか行きわたらず不利益をこうむりかねないという理由からであった。201211月からのアベノミクスによる輸出主導経済によってもその恩恵が国民に行きわたらなかったのは、ある意味当然なのである。ケインズがたどり着いた認識-「国民の富を国内の資本開発に導くことが国内経済を回復させることである」-こそ、最重要課題なのである。

2017年2月18日 (土)

トランプ旋風の歴史的意味 (1)トランプ大統領は、扇動家ではあっても破壊主義者でも孤立主義者でもない

トランプ旋風とは、既成の権力構造・既得権に対する大衆の反旗である。革命という形をとっていないが、既成の権力構造に対する決定的な否定である。それは、既成の指導者による国際協調、グローバリズムという政治経済路線が失敗したことを意味する。

 

昨年暮れ、このブログで、2016年をふりかえって―まさかの連続が意味すること―第二次世界大戦の起点とされる1937年から80年目を迎えるに際して(40年周期説)」(2016/12/28において、「2016年は、希望がみられる年になるどころか混迷が深まるだけになってしまった。まさかという事態が続く異例の展開になってしまった。歴史は暗転したといってもいいだろう来る2017年は、第二次世界大戦の始まりの年といわれている1937年から80年目にあたる。80年前の1937年は、米国のFRBが金融引き締めに転じて「ルーズベルト不況」と称された大不況に陥り株価が暴落し、軍事支出に頼る戦時経済に打開策を見出すという最悪の展開になった年である。折しも来年、欧州ではフランスの大統領選挙、ドイツの議会選挙がある。どんなリーダーが表舞台に出てくるか、予断を許さない」と記した。

時代の新しい担い手は、一国中心主義・移民反対を唱える右派急進勢力に移ったのである。新しい担い手である右派急進勢力が、過激な言動によって世界を混乱に導くかまたその思想に内在する正当性を楯に世界を再創造に導くかは指導者が賢明であるか否かにかかっている。かつて第二次世界大戦前にはヒトラーが登場し、世界は戦争に突き進んだ。果たして今回は、・・・・・・。 

トランプ大統領はこのような中で登場し、破天荒な言動で世界を混乱に陥れているのである。トランプ大統領は大衆に擦り寄るポピュリズム政治家に過ぎないのか、それとも時代を切り開き新しい世界を築くのか、歴史は重要な分岐点にきたのである。

 

「アメリカファースト」という代名詞で語られるトランプ大統領の過激な発言の数々は、世界中を不安に陥れてきた。このままでは国際協調は台なしになり、世界は深刻な対立に陥るのではないか。世界のリーダーとしての米国の役割を放棄するとすれば、世界は混乱に陥り戦争の危機に向かうのではないかと畏れられた。

しかし、119日の大統領就任から1か月経ち、その懸念は薄らいできた。過激な発言の数々は、相手にジャブをかませ国民を扇動するためのものであり、実際は落としどころを見据えたもののようだ。

 

自由な国米国の病める姿に対して発せられている発言の数々は、国民の共感を呼び起こすものである。国民の中には、難民は病気と犯罪をもたらす。移民や外国人は、雇用を奪う。不法移民の子供は、米国人の税金を使って義務教育を受けている。不法移民や外国人は、税金が使われた社会インフラや社会福祉の恩恵を受けている。白人ばかりのマンションに住むアジア人ジャーナリストは、その安全性を利用し、享受している」という不満が渦巻いている。

The Huffington Post  | 執筆者: 津山恵子 【それでもトランプ大統領は負けない。なぜなら...

 

「イスラム過激派のテロを打倒し、米国内に根を張らないようにする」と発言し、イスラム圏7か国からの入国を禁止する大統領令を発布したのもそのような理由による。その7カ国は、イラン、イラク、リビア、ソマリア、スーダン、シリア、イエメンという治安の悪いイスラム過激派の活動の激しい国々である。しかし、過激派を最も輩出しているサウジアラビアは対象となっていない(サウジとトランプ氏とはビジネス上の関係があるようだ)。

この大統領令について、国民は「強く支持する」と「ある程度支持する」との回答は計49 %。「強く反対する」と「ある程度反対する」は計41%というように、国民を扇動する上では大きな効果を発揮している。そして実際には、グリーンカード保有者などの合法的な永住権取得者については大統領令の対象外にしたり、行き過ぎと見た大統領令効力は、裁判所が一時差し止めたように現実的な線で落ち着きを図っている。

 中国政策についても同様である。トランプ大統領は、就任前台湾の 英文総統と電話会談を行い、中国の不興を買った。それだけでなく、トランプ大統領は「日本は在日米軍の駐留経費を全額負担すべきだ」「日本や韓国から米軍を撤退させるべきだ」など、アメリカ第一で世界平和に対する軍事的貢献を拒否するかの発言を繰り返していた。この動きを、中国は高笑いしながら見続けていた。

中国のインターネットやSNS上にはトランプ政権が発足して以降連日、このような「特朗普」(トランプ)を評する様々な「声」が載っている。

習近平政権や中国のインテリ層にとって、「アメリカの混乱と自壊」が、愉快でたまらないのである。

24日付『環球時報』 トランプの移民政策がシリコンバレー恐慌を起こす 科学技術の人材は北上しカナダへ移住

24日『地球外参』 春節後にアメリカとEUの夫婦が離婚の危機に

25日付『新華社』 国民が望まないトランプの「3本の斧」国境の壁造り、入国制限措置、オバマケアの廃止とNAFTA(北米自由貿易協定)の見直し……。

中国にとってはトランプ政権が、中国経済を崩壊させかねないことが最大のリスクなのである。(近藤大介)

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50922

 

しかしそれも実際には、側近のアドバイスを受け入れ、「米国は偉大な同盟国、日本を100%支持する」と明言し、尖閣諸島も日米安全保障の範囲であると述べ、米国の太平洋地域での軍事的役割を明確にした。また、29日には中国の習近平国家主席と電話会談し、「一つの中国」の原則を尊重すると伝えるなど、落ち着いたところの政策は、以前とほとんど変わらないものとなっている。落としどころはわきまえているのだ。いや、より強烈なメッセージを発したといっていいであろう。

 

トランプ大統領が建造を主張しているアメリカメキシコ間の国境を閉ざす壁の建設についても、どこまで本気か定かではない。国土安全保障省が作成した報告書によると、「費用は最大で216億ドル(約24,500億円)になり、工期は最低3年を要する」。アメリカ・メキシコ間の国境線は約3,000キロメートルだが、両国の国境の壁は、オバマ政権以前にも作られており、約1,000キロには既に壁などが存在する。トランプ大統領の主張は、残りの2,000キロにも壁やフェンスを作る、というものである。トランプ大統領は壁を建造する理由について「不法移民の流入を防ぐためだ」としている。現在、両国間の国境にはトンネルを掘って麻薬の密輸入が行われるなど問題が多いことははっきりしている。しかし、それをどのように進めるのか、おそらくどこかに落としどころを定めているはずである。

 

2月3日には、2010年に成立した金融規制改革法(ドッド・フランク法)を見直すための大統領令に署名した。この署名には、ウォール街が盛り上がった。しかしこの大統領令も具体性に乏しい上、規制緩和は民主党の猛反発に遭いそうで、肩透かしの変更に終わりそうである。というのも、ドッド・フランク法に大きな変更を加えることができるのは、同法を成立させた議会だけだからだ。大半の変更には上院議員60人の賛成が必要になるが、共和党はそれに8議席足りない。どこまで本気か定かではない。

 

このように、トランプ大統領はジャブをかましながら政策を誘導して落としどころを探っているのだ。しかし、トランプ大統領はただの扇動家ではない。確固たる一つのポリシー・信念を持っている。米国の復活は、額に汗して働く労働者によって築かれるという開拓の精神である。

2017年1月 4日 (水)

中国人が見る現代日本の経済力と未来「日本だけが特例なのだ」と

中国メディアは、現代の日本経済をどのように見てどのように評価しているのだろうか。2017年新春の中国報道には、日本人が見落としている重要な視点が述べられている。外から見ると、日本の状況がはっきり見えるものである。そこに見られるのは、日本は衰退しているというのは間違いで、恐ろしい底力をもっているという評価である。私が印象深く感じたのは、「日本だけが特例なのだ。こうした状況にたえられるのはおそらく日本だけ」というコメントである。
 
現在の日本経済が抱える問題について「消費と投資への意欲が低いこと」、「労働市場で非正規雇用が増えていること」を挙げ、貧富の格差が拡大していることを指摘、「確かに現在の日本経済は好調というわけではない」(*1)と、日本経済に現在問題があることはあくまでも当然の前提として認識されている。
 
また、日本の債務残高は莫大な規模に達しているにも関わらず、日本国民には全く危機感がない。債務は、「未来のお金を前もって使用すること」であり、債務を返済できないという事態が常態化すれば信用収縮が出現し、結果として経済は崩壊する。なのになぜか、日本経済が債務に持ちこたえることができている。(*2)このことについて見解を述べている。
 
少子高齢化と経済の停滞、そして国の膨大な債務、この二つに日本ならではの方法で立ち向かっているとみているようだ。日本経済の特色として、この20年日本企業が進めてきた海外戦略がベースにある。
 
日本企業はグローバル化を通じて世界中で富を創造し、日本国内の需要が不足していても企業は海外で収益を得ることができると指摘。民間が健全な企業活動を行い、強固な経済基盤が存在することが莫大な政府債務残高を支えていると主張している。(*1)
90年代後期に「米国が仕掛けた金融爆弾」で痛手を負った日本は、それまでの爆発的な発展スタイルを捨て、こっそりと付加価値や技術力の低い経済活動を国外へと持ち運び、自らは空調コンプレッサーや各種素材、省エネ技術など核となる技術だけを掌握するようになったと説明。「過去の煌びやかなモデルを捨て、光の輪を他人に譲る一方で、核の部分は手元に残し、設計の精細化、素材の洗練化、管理の規範化を進めていった」と論じている。(*3)
日本企業の技術力は世界的に見ても非常に高い競争力を持っており、それはトムソン・ロイターが2015年に発表した「Top 100 グローバル・イノベーター」に日本から世界最多となる40社が選出されたことでも見て取れる。日本企業はすでに家電分野などにおいて最終製品から部品供給へと事業分野を変化させているとし、自動車やハイエンドスマホの多くの部品は日本企業の部品であると指摘している。(*1)
 
その結果、企業は海外に進出し、知財収入を主とする経営モデルを作り上げた。
 
日本の2015年度の経常収支は18兆円の黒字で、企業の海外子会社から受け取った配当金など第一次所得収支が20兆円にも上っている。大きいのは、知財収支の2.4兆円の黒字で、過去10年で5倍にも伸びている。自動車等輸送用機械製造業などで、日本の本社が車体の設計図や生産技術を海外子会社に貸すことで安定した特許や著作権の使用料を得ているのだ。(「エコノフォーカス・知財収入伸び盛り」〈日本経済新聞〉2016/12/26)
日本は世界最大の債権国であり、国外に莫大な純資産を保有しているため、近年は国外からの所得の純受取が増加傾向にあり、国内総生産(GDP)と国民総所得(GNI)の数値に乖離が生じている。日本企業は世界中で投資と買収を展開しており、日本経済は「国内総生産(GDP)」だけでなく、日本国外における経済活動も含めて評価する必要があると指摘。日本経済とは保守的で低効率な本土の経済と、先進的で競争力の高い国外の経済という2つによって成り立っていると主張し、こうした意味からすれば「実際の日本経済は多くの中国人が想像するほど悪くはないのが現状である」。(*1) 
 
一方、日本政府は、企業は投資をしたがらず消費者も消費をしたがらない状況下で、国債を発行して投資を行い、経済成長を促進しようとしていると指摘。(*2)その投資は、収益性の低いインフラ設備のために投じられているのではなく、むしろ社会保障のために使用されている。これは社会の総需要の創出につながるため、経済発展にも有利であると指摘。だからこそ日本は莫大な借金を抱えていても経済が崩壊しないのだと論じている。(*2)
このような日本経済のスタイルを恐ろしいとすると同時に、「より恐ろしいのは日本のオープンさ、勤勉さだという。(*3)社会が成熟するとともにモラルが高くなっているとみているようなのだ。高齢化社会の進展とともに飛躍的に高まっている社会保障費の増加に力を失いがちになりかねない状況であるが、外から見れば企業の底力と相まって、日本にしかできない高齢化時代の対応を着々と進めていると見ているようだ。
  • (*1) Searchina「日本経済は実は・・・中国人が想像するほど悪くはない=中国澎湃新聞 」(2017/1/4)  http://news.searchina.net/id/1626411?page=1
  • (*2) Searchina「莫大な政府債務残高がある日本、なぜ経済が崩壊しないのか=中国中億財経網」(2017/1/2)  http://news.searchina.net/id/1626299?page=1
  • (*3) Searchina「栄華を捨てて、本当に大事なものを残した・・・日本経済、そして日本人の恐ろしさ=中国メディア・今日頭条」(2017/1/3)  http://news.searchina.net/id/1626315?page=1

2017年1月 1日 (日)

【報道】日本製鋼材の強度不足でフランスの原発停止中!

原発大国フランスで、原発12基が、緊急点検のために停止させられるという異常事態になっている。蒸気発生器や圧力容器などの原発の最重要部品の鋼材の強度不足が発覚したためだ。フランスでは電気料金が上がり、電力会社の株価が急落する「大惨事」が起きている。日本ではこの件についてほとんど報道されていない。しかし、この問題は、今後世界を揺るがす問題に発展しかねない。次の二つの報道から問題を紹介したい。
 
●日刊SPA2016/12/30  https://nikkan-spa.jp/1262153
●「日本製鋼材の強度不足でフランスの原発停止中! 日本の原子力規制委は何をすべきか?」(まさのあつこ)
http://bylines.news.yahoo.co.jp/masanoatsuko/20161116-00064483/
 
問題となった鋼材は、原子炉圧力容器の「上蓋」や、底の「下鏡(ボトム・ヘッド)」、または蒸気発生器の中に入っている「管板」、下部の「一次側鏡板(ボトム・ヘッド)」という部品である。その鋼材の品質が、フランスで原子炉を運転するための規制基準を満たしていないことが分かったのだ。フランスには58基の原子炉があるのだが、18基の原発で類似の問題があるとされ、うち深刻だと思われる12基の原発を停止するよう、ASNは命令。順次、原発を停止して徹底的な点検を行っている。
 
問題の鋼材は、フランスの「クルゾ・フォルジュ」社や日本の「日本鋳鍛鋼株式会社」が供給した鋼材にあるのだという。強度不足の部品を供給した企業の一つ「日本鋳鍛鋼」は、フランス原発12基に提供しているという。日本で再稼働した川内原発1号機、2号機など、日本でも17基の原発で日本鋳鍛鋼から供給された鋼材が使用されているそうだ。
 
日本の原発でも、強度不足の部品が使われている可能性があるのだが、原子力規制委員会は書面上のデータだけで「問題なし」としてしまっている。

「これはフランスのみならず、世界の原発業界全体を揺るがしかねない大問題です」。深刻な面持ちで語るのは、環境NGO「グリーンピース・ドイツ」で原発問題を担当する専門家ショーン・バーニー氏である。
 
「’95年から’06年にかけて日本鋳鍛鋼がフランスの原発に供給した鋼材には、基準値である0.22%を超える炭素が含まれており、特にトリカスタン原発1号機と3号機の蒸気発生器の鋼材は、0.39%という基準値の1.7倍もの高い濃度の炭素が含まれることが発覚した。一般的に炭素濃度が濃い鋼材は、壊れやすくなるのだという。大変なリスクを抱え込んだといえまいか。
 

2016年12月28日 (水)

2016年をふりかえって―まさかの連続が意味すること―第二次世界大戦の起点とされる1937年から80年目を迎えるに際して(40年周期説)

来たる2017年は、第二次世界大戦の起点とされる1937年から80年目にあたる。40年周期説から見ると、きわめて危険な年回りである。さてどんな展開になるであろうか。
 
 私は、1年前2015年の終わりに、「2015年を振り返って―世界混乱に収束の兆しが見えてきたか」(2015/12/29)というブログを書いた。そのブログでは、2015年末にかけて世界の多くの懸案事項に明日につながる有意義な合意がなされたことを取り上げた。まだひとつひとつはどのように進展するかわからない状態であるが、間違いなく希望への一歩である。今まで合意すらできないでいた対立問題に一時的であるとしても合意がなされたということは、歴史的に見て大きな前進であり、後戻りは限られるという意味で素晴らしいことだった。どうやら第三次世界大戦という最悪の事態は回避できたようだと記した。2016年には、新しい兆しが見えるようになるのではないかと希望的に展望した。
  1. TPP(環太平洋経済連携協定)の合意
  2. パリで開かれていた国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議(COP21)で、先進国と新興国のすべてが参加する温室効果ガス排出量削減のための新たな枠組みである「パリ協定」が採択されたこと
  3. 米国とキューバの国交回復
  4. 日韓の歴史問題の核ともいえる慰安婦問題で合意
  5. オバマ大統領とロシアのプーチン大統領との会談で、シリア紛争には政治的解決が必要との認識で一致したこと。それを受けて国連の安全保障理事会で、12月18日、シリアの和平を目指す決議を全会一致で採択されたこと
 残された懸念事項は、中国の軍事的強硬策とイスラム国のテロ攻撃であった。 習近平政権は南シナ海の岩礁、暗礁での埋め立てを進め、そこに滑走路を建設、さらに軍事施設の建設などを進め、軍事要塞化を頑強に進めていた。また、11月13日夜パリで発生した130人が犠牲となった同時多発テロは、イスラム国のテロ攻撃が平和を守る上で疎かにできないことを知らしめていた。そして、2016年英国で実施されるEU離脱の国民投票がもうひとつ気にかかるイベントであると記した。
 
 しかし2016年を振り返って、この展望はことごとく裏切られることになった。懸念していた英国のEU離脱国民投票は、まさかの離脱派が勝利を収めることになった。シリア和平は不調に終わり、内戦は終わるどころかエスカレートした。お隣韓国では、朴大統領が友人の国政介入疑惑の責任を問われ弾劾訴追案が可決された。
 
 そして今年最大のまさかは、米国大統領選挙でのトランプ氏の勝利だった。大統領選挙中、暴言とも思える発言を繰り返していたトランプ氏がヒラリー・クリントン氏を破ることになった。世界は、保護主義の渦に巻き込まれてしまうのかという不安が一時支配した。トランプ氏が掲げている経済政策は、減税、インフラ投資という景気刺激策による米国経済の底上げと国民の所得向上である。しかし、失業率4%台とほぼ完全雇用状態にある米国経済で、景気刺激政策を行うことはインフレを招き短期的に終わる可能性が高い。キューバと米国の国交回復も、決着がついたかに見えたが、カストロ元首相の死去、トランプ次期米国大統領の合意見直し発言で先行きに不透明感が漂い出した。
 
 2016年は、希望が見られる年になるどころか混迷が深まるだけになってしまった。まさかという事態が続く異例の展開になってしまった。歴史は暗転したといってもいいだろう来る2017年は、第二次世界大戦の始まりの年といわれている1937年から80年目にあたる。80年前の1937年は、米国のFRBが金融引き締めに転じて「ルーズベルト不況」と称された大不況に陥り株価が暴落し、軍事支出に頼る戦時経済に打開策を見出すという最悪の展開になった年である。折しも来年は、欧州ではフランスの大統領選挙、ドイツの議会選挙がある。どんなリーダーが表舞台に出てくるか、予断を許さない。
 
 2016年のまさかの展開を振り返って冷静に総括すると、その根本的な原因は現代世界の矛盾に支配的地位、主導的地位にある人々が解決策を示すことができなかった結果だということを指摘しないといけない。大多数の世界の大衆は、それぞれの意思表示の機会を通じて不満を表明しただけのことである。国民は、既存のリーダーにノーを突きつけたのである。格差問題、貧困問題、難民問題、テロ問題、環境問題に解決策を示すことができなかったため、大衆に叛逆されたのである。
 
 こうした2016年の一つ一つの『まさか』が示唆していることは、世界は今のままでは次の時代を迎えることができないということを暗示している。次の時代に人類が進むにあたって、混乱期は避けられないこととなったのである。歴史の暗転のはざまの中で、人類は現代世界の有する課題を真剣に考え直す必要がある。一人一人も、試練の時期を通過すること無くしては新時代を迎えることができない。
 
 今年7月、ポーランドを訪問したローマ教皇フランシスコは、3つ目の世界大戦が起こっていると語った。「はっきり申し上げましょう。私が言っている戦争は宗教戦争ではありません。利害・富・天然資源・人々の支配を巡る“本物の戦争”のことです」。軍事テロが、世界各地で頻繁に起こり、悲惨な殺戮が日常茶飯事になっていることを直視しなければならないのである。
 
 2017年からの世界は混乱の時代を迎えざるを得ない。そして新しい時代を迎えるためには、混乱の時代の中で希望の光を見い出していかねばならないのである。新しい時代はどのような価値観が必要か、そのためには何をすべきか、このことに解答を見い出すことが不可欠である。

2016年9月 3日 (土)

北方領土解決への道-「共同経済圏」の確立

安倍首相は、2016年9月2日ウラジオストクにてプーチン大統領と日ロ首脳会談を行い、平和条約について、プーチン大統領と2人だけでかなり突っ込んだ議論をしたようだ。安倍首相は、「70年続いた異常な事態に終止符を打ち、次の70年の日露新時代を共に切り開こう」という意気込みのもとに、エネルギー開発や港湾整備など8項目の協力計画を提案し、非常にいい感触を得たとされている。素晴らしい前進である。
今回の提案は、今年5月にロシア南部ソチでプーチン氏と会談した際に一致した北方領土問題に関する『新しいアプローチ』に基づくもので、交渉を具体的に進めていく道筋が見えてきたといえる。
 
今回の会談の成功を受けて、両首脳は次回首脳会談を11月にペルーで開かれるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議の際に行い、12月15日には安倍総理大臣の地元・山口県長門市で改めて会談することで合意したことも明らかにした。
 
安倍晋三首相は翌3日には、ウラジオストクで開かれているロシア政府主催の「東方経済フォーラム」の全体会合で演説し、日露両国が合意している極東開発を中心とする経済協力を推進するため、年1回、ウラジオストクで定期的に首脳会談を開催することを提案した。また、原油や天然ガスを念頭に「エネルギー資源開発とその生産能力の拡充は双方を(互いに利益を得る)ウィンウィンにする最たるもの」とも述べ、エネルギー開発協力を重点的に進める考えも打ち出した。両国中小企業の協力や先端技術支援、人的交流にも言及した。また、ウラジオストクを経済拠点となる「ユーラシアと太平洋とを結ぶゲートウエー(玄関)」と位置づけた。
 
北方領土交渉は大きく前進すると思われるかもしれないが、交渉は始まったばかりに過ぎない。プーチン政権にとっては、経済面などで日本側から最大限の譲歩を引き出す狙いがあるとみられ、北方領土問題で妥協する姿勢は見せていない。難航すると考える方が自然である。
 
今回、会談前に政府筋から流れてきた情報として、北方領土の日本帰属が実現した場合、北方領土で暮らすロシア人の居住権を容認するという報道があった。この情報は、今後大きな影響をもつことになると思われる。毎日新聞は、次のように報道している。
 
政府は、ロシアとの交渉で北方領土が日本に帰属するとの合意が実現すれば、既に北方領土で暮らすロシア人の居住権を容認すると提案する方針を固めた。
北方四島には現在、約1万7000人のロシア人が居住し、主に水産業や水産加工業に従事している。政府はロシア人の退去や両国による共同統治は困難とみて、日本に帰属した場合でもロシア人の待遇を一定程度保障する必要があると判断した。政府内には、より幅広く権利を保障し、高度な自治を維持する考えもある。これまでも政府は領土問題解決時にロシア人の「人権や利益、希望」を尊重する方針を示してきたが、居住権の容認を明確に示すことで、具体的な返還時期や条件などの協議進展につなげる狙いがある。

一方、首相は5月の首脳会談で、島民だった日本人の望郷の思いについて語っている。日本政府内では、両国が帰属問題で合意する場合には、ロシア側に元島民らの居住権を認めるよう要求し、日本人の移住を可能にする案もある。元島民らは現在、墓参や交流などを目的とする一時滞在のみ認められている。返還後のロシア人の権利容認の前例とする狙いだが、ロシアの実効支配を追認することにもなりかねず、政府内で異論が出る可能性もある。

ただ、ロシア側が領土問題でどこまで譲歩するかは不透明で、居住権だけでなく、住民自治や行政機構のあり方など詰めるべき点は多岐にわたる。私有地の登記やロシア企業の資産の扱い、学校教育のあり方などの難題も多く、日本の思惑通りに協議が進むかは未知数だ。{毎日新聞2016/9/1}

今回の政府筋から流れてきたロシア人の居住権の容認は、国境紛争解決の重要なカギを握るものである。下記のブログで紹介した、パレスチナ和平に多大なる貢献をしているのが、「共同経済圏」とい理念である。

1994年にイスラエルがヨルダンとの平和条約締結後に提案した、国境を越えた「共同経済圏」である。その提案は「JGIP」(ヨルダン域内の合弁工業特区)として結実した。同特区はヨルダン川流域に広がる約14平方キロメートルの経済特区で、イスラエルとヨルダンの金融機関が共存する。JGIPはイスラエルの実業家らの支持が追い風となり、近年著しい成長を遂げている。2013年にはイスラエル政府が3400万ドルを投資、ヨルダン政府も資金面でのサポートを続ける。

日ロ経済協力は、この「共同経済圏」の構築という理念のもとに、日本ロシア両国民がともに居住する共存共生共栄の道を探ることが大切になると思われる。

共同経済圏[パレスチナの合弁工業特区〕2016/3/22
http://kiyapitolino.cocolog-nifty.com/blog/2016/03/post-5d60.html

とはいえ、ロシア民族の思考には日本人には思いもよらない部分がある。時によっては平気で平和条約を破棄するという行動に出る。第二次世界大戦時のソ連の侵攻は、日本人の予想を超えたものであった。ロシア民族の気質についてよく研究し、今後の平和交渉に慎重に臨むことが欠かせない。かつて下記のブログで、ロシア人気質について記した。

19世紀半ばのロシア詩人チュッチェフのたびたび引用される有名な詩がある。

ロシアは頭では理解できぬ、
並みの尺度でははかれぬ。
ロシアだけの特別の姿がある―
ロシアはただ信じるのみ。

ロシア人自身がよく分からないというのだから、外国人に分かるはずがない。

ロシア的原理をまとめると、
1、行動が自然発生的で、あらかじめつくられた計画にしたがっていない。
2、理論や約束ごとにしばられず、現実の状況にしたがう。
3、その行動は単純で、目的に直行する。

頭の隅にしっかり叩き込んで、ロシアに惑わされないように交渉を進めてほしい。

 

「(ロシアを理解するために)ロシア人気質とロシア的原理(2012/8/8)」

http://kivitasu.cocolog-nifty.com/blog/2012/08/post-fba1.html

 

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